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過去に開催された展示

卯年: スタン・サカイの兎用心棒
2011年7月9日~10月30日

25年間にわたり、世界中のファンはスタン・サカイの兎用心棒を愛読してきました。この回顧展ではサカイの偉業を祝うとともに、17世紀の封建時代からの侍兎の冒険を原画と絵画によって活き活きとよみがえらせてくれます。


卯年のカスタムショー
2011年7月14日~9月11日

『卯年:スタン・サカイの兎用心棒』(2011年7月9日~10月30日)展に関連して、アーティストら(博物館の新・旧の援助者)が集まり、フランク・コジックの「ハッピー兎人形」の創造のマジックを見せます。また、「ハッピー兎人形」の創造者であるフランク・コジックによる特別作品も展示されます。

「ハッピー兎人形」は『スタン・サカイの兎用心棒』の展示の一部です。
皆様愛好のJANMアーティストらの作品をご覧ください。ご来場を歓迎いたします。


デモクラシーの為の戦い: 「我々人民」の「我々」とは誰か?
2011年5月28日~8月28日

第二次世界大戦によって永久に生活とコミュニティを変えられた一般市民7人の様々な体験を通して、来館者の方々に自由と歴史、さらには多民族国家アメリカで生活を営むために行ってきた努力について問いかけています。


カリフォルニアホテル: 遥かなる家、ハワイの家
2011年5月28日~8月28日

この巡回ショーでは、ラスベガスにある一軒のカジノとハワイの日系人との間に生まれた特別かつユニークな繋がりについて、珍しい写真やゆかりの品々、動画などを通して紹介します。


 

アメリカン・タペストリー:収集されたコレクションが織り成す25の人生物語
2010年11月13日~2011年4月17日

荒れた砂漠に転がっていた数個のビー玉、19歳の兵士の偽らぬ日記、9月11日のテロ事件の現場である貿易センターの跡に残っていた人々の心を揺さぶる数々の品々・・・

全米日系人博物館が所蔵するユニークなコレクションの中には、ありふれたようでありながら、何物にも代えがたい秘話を抱えた品々があります。

創立25周年を祝い、当博物館のコレクションの中から25の所蔵品を選び展示します。この所蔵品とそれに伴うストーリーはまるで色とりどりの糸で綴られたタペストリー、すなわち一世、二世、三世が辿った日系アメリカ人の歴史を表す民族模様のようです。


ミックス:キップ・フルベックによる多民族背景を持つ子供達のポートレート展
2010年3月20日~9月26日

「キップ・フルベック:一部アジア人、100%HAPA」展示に続き、この展示では多民族背景を持つ子供らによる自画像やアイデンティティに対する意見が加えられた作品を見ることができます。アーティスト・キップ・フルベック氏による著書『Mixed Portraits of Multiracial Kids』を主軸に構成された展示です。ご家族でお楽しみください。


織りなる様々な人生:ハワイのプランテーションでの日本人移民の服装
2010年2月27日~8月22日

ハワイのサトウキビ・プランテーションで働きやすいように作り変えられた美しい日本の着物やそこで働いた移民たちの生活を垣間見ることが出来ます。 この展示では貴重な衣類、写真、フィルムに加えて研究員バーバラ・カワカミによる珍しい口述動画で初期の日本人移民の体験を教えてくれます。


ジャイアント・ロボット2:15年間
2009年10月24日~2010年1月24日

2007年の「ジャイアント・ロボット・ビエンナーレ:創刊50号」展に続き、今回の展示はジャイアント・ロボット出版社創設者のエリック・ナカムラの企画による出版15年間に活躍したアーティストらの作品が紹介されています。

デイビット・チョー、ジェームス・ジーン、サウザー・スレイザー、セオ・エルスワース、コジンダン、ステラ・ライ、ジャック・ロング、アルバート・レイス、 ジェフ・ソト、ロッブ・サトー、デス・P・サン


こけし:民芸品から芸術的おもちゃまで
2009年7月11日~10月4日

日本の古典的な民芸品であるこけし、そしてその歴史とこけしの由来を辿ってみましょう。またこの素朴な工芸品を称えて、コンテンポラリー・アーティストにより創作されたこけしをごらんください。100名以上の著名なインターナショナル・アーチストによりデザインされた、他に類のない特別ディスプレーをごらんください。

こけしについてもっと詳しく調べてみましょう。こけしに関するたくさんの品物が用意しております。まずは博物館ストアーまで。

自分のこけしを作ってみましょう。博物館の新しいゲームjanmKIDSでは楽しみながら文化教育を提供してます。 ここをクリックしてください。


グロリアス・エクセス(死):リンキンパークのマイク・シノダによるアート
2009年8月30日~10月4日

2008年大成功裡に終わった「グロリアス・エクセス(誕生)」に続き、シノダは最新の絵画、デジタルアートの作品を全米日系人博物館にて発表することになりました。私たちを取り巻くセレブ崇拝、消費への執着、過剰への憧れの探求はシノダの次のチャプター「グロリアス・エクセス(死)」で表現されています。それは以前にもまして、より壮大で、幅広くすばらしい作品の集成です。

シノダの新しい作品は彼独特の視覚的表現方法を持って、自らの体験と彼を取り巻く社会に対する社会諷刺を「富」、「死」、「セックス」のシンボルを使って、新しいポップのイメージを混ぜながら常に進化を続けています。 スーパースターを崇拝し、消費と名声と、富をあがめる時代のメディアの世界の中において、この個展は「何が本物」かを問いかけていきます。


Crossings:アメリカ強制収容所の10の視点
2009年4月2日~6月21日

殆どのアメリカ人にはアメリカに住んでいた日系人・日本人が第2次世界大戦中に強制収容されたことよって受けた痛手の深さは到底理解出来ないでしょう。 強制収容によって失われた日系コミュニティ、財産、および人間としての尊厳、大変なものでした。当博物館の第一の目的はその時代の出来事を記録し、当時の日系人文化を象徴する品々を収集保存し,解明することです。 Crossingsは強制収容所体験の一面を芸術作品として表現しています。

これらを見る人は収容所で味わったであろう感情や考えを理解することができるでしょう。それと同時に、これらの展示された作品は強制収容が日本人・日系アメリカ人コミュニティーに与えた深刻な影響を教えてくれます。


ごくろうさま:ハワイ日系二世のコンテンポラリー写真展
2009年2月14日~5月24日

展示『ごくろうさま:ハワイ日系二世のコンテポラリー写真』では、ホノルルの写真家ブライアン・Y・サトウの作品、白黒ポートレート35点を展示します。「ごくろうさま」は他人の苦労を敬う、または骨折りをねぎらう時に使う言葉で、ハワイの日系アメリカ人二世の精神や彼らが継承してきた文化を表しています。2002年からサトウは、オアフ島やハワイの近隣諸島を回り、人々の姿を私的なレベルでとらえることに焦点を絞り70点以上の写真を撮りました。

四世のサトウはこう説明しています。「(プロジェクトに)すぐに取り掛かりやり遂げなければ、現存する日系二世の世代を記録する機会が永遠になくなってしまうことに気づきました。」「写真をご覧になった方々が、二世達の人生経験から得た知恵を学びたいのなら、(二世達の存在は)今すぐに汲み取らないと再生不可能である資源のような存在だと気づいてくれれば幸いです。」

ハワイ日本文化センター所蔵。リアム&ローリー・トモヤス・マッギーが、日系二世の両親マキシン&故マーヴィン・トモヤスに敬意を表し当展示を後援しました。 メディアスポンサー:羅府新報


20年前の今日: ロサンゼルスのビジュアルアーティストを支えて…
2008 年10 月4 日~2009 年1 月11 日


Lari Pittman, This Discussion, Beloved and Despised, Continues Regardless, 1989. Acrylic and enamel on wood panel. Courtesy of the artist and Regen Projects. Collections of Eileen Harris Norton and Peter Norton, Santa Monica.


この展覧会は California Community Foundation のビジュアル・アーティストへの Fellowship 奨励金交付の開始20 周年を記念するものです。ビジュアルアートの中心地としてのロサンゼルスの台頭をアーティスト達の成長を通して見せてくれるものです。

ロサンゼルスの芸術界の状況は 1988 年にfellowship 奨励金が初めて交付されてから大きく変わりました。今ロサンゼルス美術界を取り巻く環境は日増しに世界中の注目を浴びつつあります。この展覧会はビジュアル・アートへのより深い理解を、特にロサンゼルスで活躍する多様な分野で活躍するアーティスト達の間に育んでくれるものです。

California Community Foundation のビジュアル・アーティストへの Fellowship 奨励金は下記の団体・組織よりの支援により成り立ってます。 J. Paul Getty Trust Fund for Visual Arts, the Brody Arts Fund, the Atlass Fund, the Joan Palevsky Endowment for the Future of Los Angeles, and other California Community Foundation funds.


Living Flowers: Ikebana and Contemporary Art
2008年6月15日から9月7日まで


Anya Gallaccio
Detail of installation view
In a Moment, 1997
365 gerbera daisies


日本華道を代表する三大流派(池坊、小原流、草月流)の生け花と イサム・ノグチ、アンディー・ウオルフ、ロバート・メープルソープ、シェリー・レビン、ジュディー・フィスキンらコンテンポラリー・アートを代表する20名の芸術家との革新的なコラボレーション。

日本文化を代表する生け花のディスプレーと世界の最先端を行くアーティストの作品が一堂に展示されます。 日本の伝統美と、彫刻や絵画や写真などのコンテンポラリーアートとの融合が今回の見所です。 開催期間中、毎週、新しい生花が三流派の代表者によりアレンジされます。またパブリックプログラムの一環として、各華道の教室によるデモンストレーションが行われます。

展示のデザインはEscher Gune Wardena ArchitectureのFrank Escher氏とRavi GuneWardena氏が手がけました。彼らは特殊な建築素材を使ってギャラリースペースの飾りつけをします。日本の床の間を想像させる建築デザインも展示場内に取り入れられてます。このデザインによりコンテンポラリー・アートと日本の生け花の伝統美があますところなく表現されます。


THE SCULPTURE OF RUTH ASAWA: CONTOURS IN THE AIR
ルース・アサワの彫刻:大気の輪郭展
2007 年 3 月 10 日から 2007 年 5 月 27 日まで


Ruth Asawa holding a form-within-form sculpture. 1952. Photograph by Imogen Cunningham.

この展示はサンフランシスコ・ファインアート美術館の Dr. Daniell Cornell 学芸員により企画されました。

『彼女の作品は力づよさ、そしてグループ・インストレーションとしての魅力があります。部屋に入ると表現できない親近感を感じメディテーションをするような静けさ、それでいてミステリアスな、静寂を感じます。』

アサワは一世の両親の 間にカリフォルニア州の Norwalk で 1926 年に生まれました。彼女の作品はすべてワイヤーを手で編んで製作した彫刻です。

アサワの作品は 1950 年代と 1960 年代に作られたもので、天井から下げられた彫刻を下から見るようになっています。

アサワ自身、自分の作品に対する考えかたは、「クラフトかまたはアートであるか、このような定義づけを人々はするが、ワイヤーがたまたま素材であっただけである。どこにでもあるような素材で作品を創りそれに定義づけをする、これが大切です。」

6 人の子供の母親であり、 1950 年代には「サンフランシスコの主婦」とも呼ばれ、また彼女の日系バックグランドから「家庭的女性の作品」とも評されていました。彼女は日系アメリカ人としてでもなく、またはアジア系アメリカ人としてでもない、ただ一人のアーティストして評価してもらうことを望んでいます。


アンセル・アダムス写真展
第二次大戦マンザナ強制収容所の生活
2006 年 11 月 11 日から 2007 年 2 月 18 日まで


Yuichi Hirata, c. 1943 Gelatin silver print Library of Congress, Washington, DC: Division of Prints and Photographs, Lot no. 10479-1, no. 12

第2 次世界大戦中、日本人を祖先に持つ12 万人以上の日系アメリカ人はアメリカ市民であるにも関わらず、憲法に守られることもなく自らの政府によって、ミシッシッピー川より西に点在する荒涼たる収容所に隔離されました。

1万人規模の日系アメリカ人強制収容所がアメリカ政府によって運営されていることを知ったアンセル・アダムスは、有刺鉄線と監視塔の撮影は禁止という制限付きながら、マンザナ収容所内の様子が『悲劇の時』として写真に収められることになりました。

彼の写真集『自由と平等のもとに生まれて』には、「インヨの荒涼とした風景とそこに強制的に住まわされた何千人もの収容者の生命力を写し出したかったのだ。人々の生活が私の主な目的であったが、本の中には多くの風景が取り上げられている。」と、記されています。


「キップ・フルベック- 一部アジア人、 100 % HAPA」展
2006 年 6 月 8 日(木)から 10 月 29 日(日)


「キップ・フルベック- 一部アジア人、 100% HAPA」 では、 全米を旅し様々な年齢と階層の HAPA (ハーフ) 1000 人以上を撮り続けたアーティスト、キップ・フルベックのポートレートを展示します。「HAPA」という呼び方は、もともとハワイでハーフに対する蔑称として使われていましたが、今ではアジアや環太平洋からなどの異なる人種・民俗を祖先にもつ多くの人達の間で、誇り高き言葉となっています。フルベックの作品は、 HAPA がよく聞かれる「何人になるの?」という質問に、言葉とイメージで答えを模索します。化粧、装飾品、衣服を身にまとわない素顔の HAPA のポートレートと、彼らが何人であるかを記した手書きの言葉を組み合わせることで、フルベックは、その美しさとアイデンティティーを力強くそして私的に表現します。「キップ・フルベック- 一部アジア人、100 %HAPA」は、今では数が多い HAPA を探求するアーティストの挑戦であり、またアメリカ現代社会に広がる現実の複雑な側面を映し出します。

キップ・フルベックは、受賞写真家、映画制作者、作家、語るアーティストであり、彼の作品は世界中で展示されています。またカリフォルニア大学サンタバーバラ校芸術学部の教授・学部長でもあります。コンパニオンブック『part asian, 100% hapa』(まえがき-ショーン・レノン、あとがき-ポール・スピッカード)を Chronicle Books 社 より出版。


Isamu Noguchi – Sculptural Design
2006 年 2 月 5 日から  2006 年 5 月 14 日


Installation view at the Vitra Design Museum. Bench, 1966. Thomas Dix/Vitra Design Museum.

日系アメリカ人アーティスト、イサム・ノグチ(1904 −1988 )実用性と彫刻の美を一体化したノグチの作品。75 を越すノグチの作品が、劇場デザイナーとして名高い 芸術家ロバート・ウィルソンの一連のセッティングの中で展示されます。これには、ノグチの胸像をはじめとするユニークな石の彫刻や、マーサ・グラハムのための舞台装置,ノグチ独特のデザイン家具、照明器具「あかり」などがテーマごとに陳列されます。


「トシコ・タカエズ:土の芸術」展
Toshiko Takaezu: The Art of Clay

2005 年8 月6 日から2005 年11 月27 日まで

  


Toshiko Takaezu. Three Graces. Glazed stoneware. Photo by Fitzhugh Karol, 2005.

タカエズ・トシコはハワイで沖縄出身の両親の間に生まれ、日本の生活様式の中で少女時代を送りました。タカエズの仕事は「日本の伝統と西洋の美学を融合したもの」として位置づけられています。

「Closed Form 」という極めて収斂的な、内面的な表現を核に、それと対比するかのように、植物や臓器や溶岩を連想させる作品が見られます。


ペリー来航後の日本:横浜と明治時代の日本を描く
2005年2月 6日から5月 1日まで

  

今回のスミソニアン歴史博物館アーサー・サックラー・ギャラリーからの移動展示には、“横浜絵”と呼ばれる19世紀半ばの横浜をモチーフにした浮世絵版画24枚が展示されます。

1859(安政6)年の日米修好通商条約をかわきりに、江戸幕府は横浜港をアメリカ、イギリス、フランス、ロシア、オランダに開きました。この開港によって横浜には西洋の文化が流れ込み、静かな漁村が一夜にして活気あふれる人口10万人以上の国際港に変貌したのです。横浜では商人や外交官からなる外国人のコミュニティも栄え、さまざまな文物が生み出されました。西洋の船、初めて目の当たりにする異人の姿、洗練された異人館…異国情緒あふれる横浜の町は版画アーティストたちを活気づけました。

版画の技術は8世紀に中国から日本に伝わったものですが、18世紀半ばには多色刷りの技術が江戸の庶民文化の中で花開きました。

当時の版画家のほとんどは外国人を一度も見たことがなく、彼らは西洋の新聞、雑誌などをもとにヨーロッパ人を描きました。特に西洋の女性の姿は当時の横浜でもごく稀で、版画アーティストによって描かれた異国人の顔は人種の区別が明らかではありません。しかしそこには1872年に初めて東京横浜間を結んだ蒸気機関車やミシンなど「日本で初めて」のものが描かれています。

活気に満ちた浮世絵版画は急激な速さで地元そして外国人コミュニティヘと広がりました。1859年から1862年の間には500枚の版画が31名のアーティストによって製作されました。広重の「横浜異人館の図」、貞秀の「横浜異人商館の図」、芳藤の「アメリカ人遊興」が有名です。

今回出展されるのは、1990年代にウイリアム・リーオンハート元大使と婦人のコレクションからサックラー・ギャラリーに寄付された85作品の中の版画24枚です。さまざまな民族が固有の文化を失うことなく共存していた様子…文明開化の象徴となった横浜をこの展示でご覧いただけます。


ヘンリー杉本:一画家の描いたアメリカ
2001年3月24日−10月7日

  


ヘンリー杉本 「収容所での自画像」 1943、マデリーン・スギモト、ナオミ・タガワ寄贈(92.97.5)

ヘンリー杉本は19才で渡米、画家を志してサンフランシスコで学びました。やがてアメリカ国内や海外でも個展を開き、さまざまな展示会に出品するようになりました。彼が42才のときに第二次世界大戦が勃発、アーカンソー州のジェローム強制収容所、後にローワー強制収容所に収容されました。この収容所での体験をきっかけに、彼は芸術を通して日系アメリカ人の体験を表現するようになりました。

この絵画展は、全米日系博物館の広範囲にわたる杉本コレクションから、絵画、版画、素描など120点を展示、ひとりの移民、ひとりの日系アメリカ人、そしてひとりの画家として生きたヘンリー杉本の生涯を紹介します。


「マンザナを振り返る-博物館コレクションから」
2000年9月24日−2001年10月7日

  


モモ・ナガノ 「アメリカン・ファミリー」

第二次大戦中に米国政府の戦時転住局がもうけた10ヶ所の強制収容所のひとつだったマンザナは、50年以上にわたって多くの写真家たちの表現の対象になっています。博物館所蔵のコレクションから、アンセル・アダムス、ロバート・ハスイケ、マスミ・ハヤシらの作品を厳選しておおくりします。

さらに二世アーティスト、モモ・ナガノの作品「アメリカン・ファミリー」が、新たに展示品に加わりました。この作品は、ロサンゼルスの30番街に住んでいた200人近い日系アメリカ人の友人、知人の名前が星条旗に縫いこまれています。彼らはみな、この街から強制収容された人達です。生活を奪われ、その後の人生に大きな影響を与えた強制収容という違法行為への批判が、一人一人の名前の行間に浮き上がってきます。「アメリカン・ファミリー」は、カリフォルニア市民の自由に関する教育プログラムから助成金を受けて創作されました。


日米アーティスト交流プログラム参加者展
2001年5月11日−9月2日

  


メイリン・ホン 「Silkworm Grind」 2000

1979年以来、100人以上のアメリカ人アーティストたちが、日米アーティスト交流プログラムより奨励金を受け、日本に滞在し創作活動を行っています。

この展示では、近年このプログラムに参加したベリッツ・ブラザー、メイリン・ホン、キム・ヤスダたち3人のアーティストによる最近の作品を紹介しています。それぞれのオブジェに漂う、微妙な、そして刺激的な日本体験のインパクトをお楽しみください。

日米アーティスト交流プログラムは、日米フレンドシップ・コミッション(JUSFC)と連邦芸術基金(NEA)の共催で運営されています。


「アメリカの強制収容所
−日系アメリカ人の体験を語り継ぐ」展

  


グレース&ジョージ・イズミ寄贈 (94.182.3)

第二次世界大戦中、12万人以上の日系アメリカ人が強制収容されました。彼らの多くは米国市民であったにもかかわらず、なんの法的手続きもなく、日系であるというだけで、それまで培ってきた生活のすべてを奪われたのです。その歴史は、いまだ多くのアメリカ人たちにも知られず、十分に理解されているとはいえません。この展示は、その苦難を生き抜いた人々の体験を、彼ら自らの言葉と、写真、ビデオ、絵画、生活用品などを通して、語り継ぎます。

「アメリカの強制収容所」展は全米日系人博物館が構成し、ラルフ・アップルバム・アソシエーツのデザインにより、1994年にロサンゼルスの全米日系人博物館で初公開され、その後全米各地で巡回されてきました。


More Than a Game: Sport in the Japanese American Community. Photo credit: Zebra baseball team at Heart Mountain, Wyoming concentration camp, 1944. Gift of Mori Shimada (92.10.2DF)
2000年3月4日−2001年2月18日

 

「モア・ザン・ゲーム−日系アメリカ人コミュニティにおけるスポーツ」展は、スポーツというテーマから日系アメリカ人を見つめた展示です。アイススケートの金メダリスト、クリスティ・ヤマグチの活躍は記憶に新しいですね。ウインブルドンのチャンピオン、アン・キヨムラの活躍も有名です。プロバスケットボール界には1947年にニューヨーク・ニックスでワット・ミサカが大活躍。1952年のオリンピックでは日系アメリカ人が7つもメダルを獲得しました。この展示では、スポーツ史に残るトッププレーヤーたちのインタビュービデオや記念の品々を特別公開しています。クリスティ・ヤマグチが金メダルを受賞したときのスケート・シューズとコスチュームも展示されています。

第二次大戦中の強制収容所での生活を強いられている時期にも、そして現代にいたるまで、スポーツは日系人の間でもコミュニティ形成の重要な役割を果たしてきました。スポーツを通して、知られざる日系アメリカ人の歴史の一面をごらんください。

写真:ゼブラ野球チーム、ワイオミング州ハートマウンテン強制収容所、1944年
モリ・シマダ寄贈(92.10.2DF)



「荒野のダイヤモンド−日系アメリカ人と野球」展
2000年5月6日−7月16日

  

日系アメリカ人と野球の関わりは、20世紀初頭の一世チームにまでさかのぼることができます。二世たちは、強制収容所の中で野球を覚えました。パノラマ写真で紹介されているゼニムラ野球場は、アリゾナ州ヒラ・リバー強制収容所の中に、日系人たちが作ったダイヤモンド(野球場)です。日系アメリカ人がアメリカの代表的なスポーツである野球に親しんできた歴史には、そのまま彼らの体験した差別と寛容の歴史を見ることができます。この展示は、二世ベースボール・リサーチ・プロジェクトの協力のもとに全米日系人歴史学会が作製しました。

 

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全 米 日 系 人 博 物 館
JAPANESE AMERICAN NATIONAL MUSEUM
369 East First Street, Los Angeles, California 90012
電話:(213)625-0414 ファックス:(213)625-1770
1-800-461-5266(米国内)