|
|
参加研究者 粂井輝子 |
|
内容 プロジェクトの紹介 参加研究者 参加団体 資料一覧 シンポジウム 職員と相談役
|
「『2つの流れ』は二世によって合流する−日本語教育と日米関係:1900年−1940年」 第一次と二次大戦間にエスニック教育機関の補助として栄えた日本語学校は、日本人移民がその民族性を維持しようとする試みであると理解され、批判もされていた。これらの日本語学校創立時の使命は、合衆国の日本人に基本的な日本語の知識を与えることにあった。しかしながら、日本人移民の定住化が進むにつれ、これらの学校は、より意欲的な、その反面両極端な役割を担うようになる。日本人移民の指導者達は、日米両文化の中で育った二世の日本語教育を通じて、キプリングの言うところの「東は東、西は西、両者が合流する事はない」という概念を打ち破ろうとしたのである。本研究は、この指導者他の試みがどの程度成功を納めたのかについて、掘り下げた分析をおこなう。 |