JANM Pavillion

全米日系人博物館の沿革

全米日系人博物館の沿革

全米日系人博物館博物館(The Japanese American National Museum、JANM)は、日系アメリカ人の歴史を保存し、共有することを目的として設立されました。そのミッションは、アメリカの歴史の不可欠な一部として日系アメリカ人の物語を記録することにより、アメリカの民族的および文化的多様性への理解を深めることにあります。1985年、第二次世界大戦の日系退役軍人と、リトル東京の日系ビジネスマンのグループが協力し、全米日系人博物館を発足させました。当初ごく小規模な非営利団体であったJANMですが、1992年には歴史的建造物である旧仏教寺院の建物を修復するために6000万ドル近くを調達し、1999年には隣接する近代的なパビリオンを建設するほどの全国的な組織へと発展していきました。スミソニアン博物館協会公式加盟組織であるJANMは、2010年にアメリカの博物館に与えられる最高の栄誉である全米博物館美術館および図書館サービスメダルを受賞しました。

Inaugural Board Meeting
初めてのボードミーティングにおけるアイリーン・ヒラノ。1988年4月。

自分たちの物語が記録に残らないまま、失われてしまうことを恐れた日系退役軍人らは、ヤンオク・キムとバディ・マミヤらをリーダーとして「日系アメリカ人兵士Japanese American Soldier)」展を企画し、1982年にロサンゼルス・カウンティ自然史博物館で開催しました。彼らは閉幕後、この展覧会を常設展示できる場所を探して、リトル東京の開発計画の一環として日系アメリカ人の歴史博物館を建設したいと考えていたブルース・カジ率いるビジネスグループに連絡を取りました。1985年にこの2つのグループが合併し、ナンシー・アラキがJANM初の有給スタッフとなりました。そして1986年、JANMはカリフォルニア州上院議員アート・トレスの尽力によってカリフォルニア州から財政支援を得るとともに、ロサンゼルス市のコミュニティ再開発局から旧本派本願寺の建物を借り受け、展示を行い、コレクションを収蔵できるように改修することになりました。

JANMは1987年にアケミ・キクムラ・ヤノを展示キュレーターに、1988年にアイリーン・ヒラノをエグゼクティブ・ディレクターに迎えます。その後、ハワイ州、カリフォルニア州、オレゴン州、ワシントン州、コロラド州、イリノイ州、テキサス州、ニューヨーク州の代表者で構成される全国規模のボード・オブ・トラスティーズを設立しました。JANMは資金調達とともに各地の日系コミュニティとの関係を築き、開館に向けてコレクションを充実にも力を注ぎました。

 

開館初期:1992-1998

最初のロドニー・キング裁判後のロサンゼルス蜂起によって、開館セレモニーは中断されたものの、JANMは1992年5月に一般に向けて開館しました。JANMは開館後初の展覧会となった「一世パイオニア:ハワイと本土、1885-1924Issei Pioneers: Hawai`i and the Mainland, 1885–1924)」展から一貫して、当事者の視点から日系アメリカ人の歴史を記録し、紹介してきました。JANMのチーフ・キュレーターであったジェームス・ヒラバヤシ博士が提唱したこのアプローチは、当館の人気ある一般向けプログラムや革新的な学校向けツアー、数々の賞に輝くメディアアーツの制作物にも反映されています。

JANM Historical Building

日系アメリカ人の物語を語る上で芸術や文化が不可欠な要素であることを認識し、JANMは1992年10月にUCLAのワイト・アート・ギャラリーで初めてアートに特化した展覧会「内側からの眺め:強制収容所における日系アメリカ人のアート、1942-1945The View from Within: Japanese American Art from the Internment Camps, 1942–1945)」を開催しました。JANMの展覧会をより広く日系人コミュニティに届けていくという目標を具体化し、この展覧会は、1994年にカリフォルニア州サンノゼ、ユタ州ソルトレイクシティ、ハワイ州ホノルルに巡回しました。

同年、天皇陛下、美智子皇后両陛下(当時。現在の上皇、上皇后両陛下)がJANMを訪問され、「一世のパイオニアたち」展の最後の見学者となられました。11月には「アメリカの強制収容所:日系アメリカ人の経験を思い出すAmerica’s Concentration Camps: Remembering the Japanese American Experience)」展を開催。数千人の元収容者をはじめとして、記録的な数の来館者を迎えた画期的な展覧会でした。この展覧会では、政府が運営していた収容所11カ所を記した大きな地図を張り出し、来館者に自分や家族、収容所の思い出などについて紙に記してもらいました。また収容所を映したホームビデオの映像を編集して上映したほか、近くの駐車場では、ワイオミング州ハートマウンテンからスタッフやボランティアらによって移設再建されたバラックの建物の一部を展示しました。

収容とならび、コミュニティにとって不可欠の物語を取り上げた「明日への戦い:アメリカの戦争における日系アメリカ人Fighting for Tomorrow: Japanese Americans in America’s Wars)」展にあわせて、JANMは1995年11月に「日系アメリカ人退役軍人へ敬意を表する全国大会(National Salute to Japanese American Veterans)」を行いました。夕食会とプログラムがロサンゼルス・コンベンションセンターで開催され、5,000人以上が参集しました。1997年には「弁当からミックスプレートへ:多文化社会ハワイの日系アメリカ人From Bento to Mixed Plate: Americans of Japanese Ancestry in Multicultural Hawai`i)」をホノルルのビショップミュージアムで開催。同展はスミソニアン博物館のほか、日本各地を巡回し、当館の展覧会としては最も多くの場所で開催した展覧会となりました。「アメリカの強制収容所America’s Concentration Camps)」展も1998年にニューヨーク市のエリス島移民博物館に、「コナコーヒー・ストーリー:ハワイのベルトロードに沿ってThe Kona Coffee Story: Along the Hawai`i Belt Road)」展もブラジルに巡回しました。

国際日系研究プロジェクト(The International Nikkei Research Project、INRP)は、日本財団の助成を受けて、1998年から4年間にわたり、アメリカ、カナダ、メキシコ、ブラジル、ペルー、パラグアイ、アルゼンチンの日系人の物語に関する調査研究を開始しました。これによりJANMの日系人の物語と歴史の風景が広がりました。このプロジェクトからは2冊の書籍が出版され、日本財団の助成を受けたウェブサイト「ディスカバー・ニッケイ」が生まれることになりました。

 

パビリオン:1999-2012

1999年1月、JANMはヘルムス・オバタ&カッサバウム(HOK)代表のギョウ・オバタ設計による85,000平方フィート(約7,900平方メートル)のモダンな建物、パビリオンをオープンしました。このパビリオンはさらなる展示スペースやマナビ&スミ・ヒラサキ・ナショナル・リソース・センターに加えて、所蔵コレクションのためのバックオフィススペースやフランク・H・ワタセ・メディアアーツ・センターも併設しています。ジョージ&サカエ・アラタニ・セントラルホールは「追憶の日」やパブリックプログラム、博物館のレセプション、プライベートパーティ、さらには結婚式の披露宴などコミュニティの人々が集う場所となりました。このパビリオンで、JANMは日系アメリカ人の歴史を辿る常設展「コモン・グラウンド:コミュニティの心Common Ground: The Heart of Community)」を初公開しました。この展覧会では、貴重な遺物や写真、アート・インスタレーション、歴史的なホームビデオ、マンザナー収容所のジオラマ、ハートマウンテンのバラックなどを展示しています。

Common Ground

パビリオン開館による展示室の拡張によって、JANMでも他機関からの巡回展を開催できるようになりました。2004年には、スミソニアン博物館のアーサー・M・サックラー・ギャラリーからの「イサム・ノグチと現代日本の陶芸Isamu Noguchi and Modern Japanese Ceramics)」展、スミソニアン博物館の国立アメリカ歴史博物館からの「9月11日:歴史の目撃者September 11: Bearing Witness to History)」展を開催しました。またJANMは写真家のキップ・フルベックとのコラボレーションによる「キップ・フルベック:一部アジア系、100%ハパkip fulbeck: part asian, 100% hapa)」展、出版者エリック・ナカムラ(ジャイアント・ロボット)、ミュージシャン、リンキン・パークのマイク・シノダとのコラボレーションによる2006年から2012年までのアート展のシリーズなど、アートや文化に焦点を当てた展覧会も開催してきました。その他、好評を博したアート展には「卯年:スタン・サカイの兎用心棒Year of the Rabbit: Stan Sakai’s Usagi Yojimbo )」展(2011年) 、「紙を折る:折紙の無限の可能性Folding Paper: The Infinite Possibilities of Origami)」展(2012年)などがあります。

2005年、JANM本館であるヒストリック・ビルディングにナショナルセンター・フォー・ザ・プリザベーション・オブ・デモクラシー(NCPD)がこけらおとしの「民主主義のための闘い:「私たち、人民は」の「私たち」とは誰か?Fighting for Democracy: Who is the “We” in “We, the People”?)」展とともに開館。同センター内の200席の劇場、タテウチ・デモクラシー・フォーラムは、ライブ音楽や講演会、映画上映などのための新しい空間を提供することになりました。

JANMでは毎年恒例のガラディナーで、コミュニティを代表するスポーツ界の著名人(2000年)、多世代にわたる家族経営ビジネス(2003年)、第二次世界大戦中の強制収容所で働いた教師たち(2005年)、日系人強制立ち退き・収容に対するリドレスを可能にした団体の代表者(2008年)らを表彰するユニークなプログラムを作りました。これらのディナーにおけるプログラムは、1,000人以上の観客の前で、文化やアートの教師、作家、アーティスト、パイオニアを称える重要なプラットフォームとなりました。

2002年、JANMはロサンゼルスで「オール・キャンプ・サミット」を開催。元収容者やオーラルヒストリーの歴史家、保存団体の代表者らが集まり、プロジェクトやリソースを共有し、新たな協力関係を構築しました。JANMは同様の全米規模のコンファレンスをアーカンソー州リトルロック(2004年)、デンバー(2008年)、シアトル(2013年)でも開催し、第二次世界大戦中の日系アメリカ人の経験の保存と共有を目的に、全米中のさまざまなコミュニティから参加者が集いました。

 

プログラムの拡大:2013年-現在

その後もJANMは「忍耐:現代社会における日本の刺青の伝統Perseverance: Japanese Tattoo Tradition in a Modern World)」(2014年)、「ドジャース:ゲームの同志Dodgers: Brotherhood of the Game)」(2014年)、「ハロー!ハローキティのスーパーキュートな世界を探検Hello! Exploring the Supercute World of Hello Kitty)」(2014年)などの新しいテーマ性のある展覧会を開催し、当館のプログラムを継続的に成長させてきました。こうした展覧会では多くの新たな来館者を呼び込みました。

Opening Day of hapa.me
hapa.me – ハパ・プロジェクトの15年」の開幕日。撮影:スティーブ・フジモト

忍耐」展は巡回展となり、米国内4州とオーストラリア、ニュージーランドで開催され、ハローキティ展はシアトルに巡回しました。「民主主義のための闘い」展は、ミシガン州ディアボーンのアラブアメリカ人博物館を皮切りに、ウィスコンシン州とノースカロライナ州でも開催されました。「キップ・フルベック:一部アジア系、100%ハパ」展はウィスコンシン州とノースカロライナ州を巡回し、人気を博しました。また2018年にはこの最初の展覧会の続編として、JANMは「hapa.me – ハパ・プロジェクトの15年(hapa.me - 15 years of the hapa project)」展を行いました。

2017年の「全ての人々への命令:大統領令9066号について考えるInstructions to All Persons: Reflections on Executive Order 9066)」展を皮切りに、JANMはいくつもの共催展を開催しました。アメリカ国立公文書館の協力を得て開催した同展では、第二次世界大戦中の日系アメリカ人の強制立ち退き・強制収容につながった書類の原本を展示しました。同展はイーライ&エディス・ブロード財団の支援を受けました。また同じ年には「トランスパシフィック・ボーダーランド:リマ、ロサンゼルス、メキシコシティ、サンパウロの日系ディアスポラのアートTranspacific Borderlands: The Art of Japanese Diaspora in Lima, Los Angeles, Mexico City, and São Paulo)」展を、ロサンゼルス各地のアート施設が参加して開催したアートイベント「パシフィック・スタンダードタイム: LA/LA」の一環として開催しました。同展はゲティ財団の助成を受けて開催したもので、ラテンアメリカと南カリフォルニアのラテンアメリカ・コミュニティで生まれ、育ち、または暮らしている日系のルーツを持つアーティストを紹介しました。アラブ系アメリカ人博物館の巡回展「私たちが持ってきたもの:イラク・シリアからの断片と記憶What We Carried: Fragments & Memories from Iraq & Syria)」(2018年)では、数百万人ものシリアとイラク難民と日系アメリカ人の第二次世界大戦の経験との類似性を浮き彫りにしました。

JANMは毎年恒例のガラディナーで、ノーマン・ミネタ元運輸・商務長官や故ダニエル・イノウエ上院議員をはじめとするJANMの発展に貢献した著名人を表彰してきました。またジョージ・タケイ名誉理事長、アイリーン・ヒラノ・イノウエ元JANM館長兼CEO、ワタセ・メディア・アーツ・センター創設者のロバート・ナカムラとカレン・イシヅカに対しても、その貢献についてガラで表彰しました。

JANMは2015年に、アレン・ヘンダーショット・イートン・コレクションの日系アメリカ人によって作られた工芸品や日用品など400点を収蔵品に加えました。このイートンコレクションはオークションに出品され、それに対して日系コミュニティは強く抗議を行いました。そしてジョージ・タケイやJANM館長、理事会らの働きによって、このコレクションはJANMの所蔵コレクションに加わることになったのです。2018年、JANMは「争われた歴史:アレン・ヘンダーショット・イートン・コレクションの美術品・工芸品Contested Histories: Art and Artifacts from the Allen Hendershott Eaton Collection)」展を開催しました。同展は2019年と2020年に米国各地を巡回しました。

JANM 2020

またJANMは、2015年にヘンリー・スギモトの油彩画240点、水彩画200点、木版画、彼の日記などを新たに所蔵コレクションに迎えました。これらは全てスギモトの娘、マドレーヌから寄贈されたものです。それに先立つ2001年、JANMはスギモト家からの寄贈品をもとに「ヘンリー・スギモト:アメリカの経験を描くHenry Sugimoto: Painting an American Experience)」展を行いました。また「ニューフロンティア:ジョージ・タケイの多様な世界New Frontiers: The Many Worlds of George Takei )」展(2017年)にあたって、タケイは2016年に脚本、写真、手紙、1973年にロサンゼルス市議選に出馬した時のキャンペーン資料、家宝など、彼の思い出の品々をJANMに寄贈しました。

特別展示「アメリカン・ヒーロー:第二次世界大戦中の日系兵士と議会名誉黄金勲章American Heroes: Japanese American World War II Nisei Soldiers and the Congressional Gold Medal)」(2013年)、「彼らがヒーローになる前:スス・イトウの第二次世界大戦の写真Before They Were Heroes: Sus Ito's World War II Images)」展(2015年)では、日系アメリカ人の従軍経験を探究する展示を行いました。

2019年には、JANMはビジュアル・コミュニケーションズと共催で「夜明けとともに:アジア・太平洋諸島系アメリカの始まりAt First Light: The Dawning of Asian Pacific America)」展を行いました。このマルチメディア展では、コミュニティ・アクティヴィズムの始まりと、アジア・太平洋諸島系アメリカ人によるアジア・太平洋諸島系アメリカ人についてのドキュメンタリーを制作するというビジュアル・コミュニケーションズの目的に焦点を当てました。

JANM無料ファミリーデーをはじめ、お正月の頃に開催する「お正月ファミリーフェスティバル」、8月の「夏祭りファミリーフェスティバル」など、家族向けのイベントは常にJANMにとって重要な取り組みです。また2014年よりJANMでは2年ごとに「おかえり:日系LGBTQの集い」を開催しています。このイベントでは、ワークショップ、コンファレンス、プレゼンテーションなどを行ってきました。さらにタテウチ・デモクラシー・フォーラムでは、2019年に行った詩人、エッセイスト、アクティビストであり、アジア系アメリカ人フェミニズムの先駆者でもあるミツエ・ヤマダの詩集『フル・サークル:新作と選詩集』のブックリリース・イベントをはじめとして、多数のパブリックプログラムを開催してきました。

日系アメリカ人の経験に対する理解と社会的認識を深めていくため、当館にご支援をお願いいたします。

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