即日発表 - 2021年11月05日

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声明:JANMはライター、編集者、映像作家のホリー・ヤスイ氏の訃報に接し、哀悼の意を表します


全米日系人博物館(JANM)は、ライター、編集者、ドキュメンタリー映像作家であったホリー・ヤスイ氏(享年67歳)の訃報に接し、哀悼の意を表します。ヤスイ氏は、10月31日、メキシコでCOVID-19の合併症によって亡くなられました。伝説的な日系弁護士で公民権運動家でもあったノミル・ヤスイ氏の一番下の娘でした。

「ホリー・ヤスイ氏が亡くなられたことを知り、当館は深い悲しみに包まれています。ホリーが彼女の父を描いた映画は、彼の画期的な公民権運動のレガシーを世代をこえて生かし続けるものでした。とんでもない不正をひるむことなく正そうとしたある一人の男性、それは彼女の父親であるわけですが、の驚異的な努力を記念するものだったのです。その彼の精神はホリー自身の社会正義への深いコミットメントの中に生き続けていました」とJANMのアン・バロウズ館長兼CEO。

デンバー出身のヤスイ氏は、ライター、編集者、翻訳者(スペイン語から英語へ)として活躍し、長年メキシコのサンミゲル・デ・アジェンデに住んでいました。

ホリー・ヤスイ氏は、2017年に父親についてのドキュメンタリー映画『ネバー・ギブアップ!ミノル・ヤスイと正義のための闘い』を制作しました。この映画は、オレゴン州の日系移民の息子であり、後に同州初の日系弁護士となったミノル・ヤスイ氏の人生を描いたものです。

第二次世界大戦中、大統領令9066号を受けて、12万人以上の日本人を祖先に持つ人々が強制的に立ち退かされ収容された時、この命令に対して最初に訴訟を起こしたのがミノル・ヤスイ氏でした。彼は、連邦最高裁判所への上告を待つ間、9カ月間も独房に入れられましたが、最終的に上告は敗訴し、アイダホ州ミニドカ強制収容所に送られました。

ホリー・ヤスイ氏の長年の友であるジューン・バーク氏は、人権擁護のために精力的に活動した彼女の死を悼んでこう話しました。「ホリーは『私たちは皆この地球を全ての人にとってより良い場所にするために存在している』という彼女の父の言葉を実践し続けた人でした。父の願いを桁外れの方法で実現したのです」。

2017年のディスカバー・ニッケイのインタビューで、ヤスイ氏は彼女の父なら現代に生きる若いアクティビストたちにどのようなアドバイスをするかと尋ねられ、父の熱意を回顧してこう答えました。

「ネバー・ギブアップ! 闘い続け、立ち上がり続け、声をあげ続けてください!自分の信念や情熱、人生経験に従って、公益のために働き、そしてあなたにできる方法で、世界をより良い場所にする手助けをしてください」。

ヤスイ氏は、姉のローリー・ヤスイ氏とアイリス・ヤスイ氏を残して旅立たれました。
 

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1985年の設立より、全米日系人博物館(JANM)は日系アメリカ人の経験を共有することによって、アメリカの民族的・文化的多様性への理解と認識を深めています。ロサンゼルスのダウンタウン、歴史あるリトルトーキョー地区に位置するJANMは、伝統的な博物館のカテゴリーを超えたハイブリッドな施設で、日系アメリカ人の声を伝えるとともに、あらゆる人が自分たちのヘリテージや文化を探求できる場を提供することを目指しています。1992年の一般公開以来、JANMは70展以上の展覧会を開催し、そのうち17展はアメリカのスミソニアン博物館やエリス島移民博物館をはじめ、日本や南米の主要な博物館など世界各地を巡回しました。当館についての詳細はjanm.orgをご覧いただくか、ソーシャルメディア@jamuseumでフォローしてください。